キューバ生まれのラテンダンスミュージック”TIMBA”(キューバンサルサ)を追求する、総勢17人のおそらく東北最初の本格的?キューバンサルサバンド。 サルサって何?っていうメンバーをだましてラテン不毛の地仙台に1995年5月に結成。96年には仙台市主催のコンテストにてグランプリを受賞。幾度もの解散の危機を乗り越え現在に至る。
普段は市内ライヴハウスや定禅寺ジャズフェス等で活動し、およびがかかれば、ビルの屋上、海岸、路上、アーケード、公園、映画館など、どこでも演奏し、ラテンを広めるという、まさに神出鬼没なバンドである。節操がないとも言えるが。
またマノリート・イ・ス・トラブーコ、パンチョアマート・イ・ス・カビルド・デルソン、La-33、グルーポチェベレ、サルサスインゴサ、やまきょう、横山達治G、佐山雅弘G、SON四郎の前座を務め、ペッカー氏(オルケスタ・デル・ソル)や中路英明氏(熱帯JAZZ楽団、サルサスインゴサ)と競演をはたす。ペッカー氏にはパーカッションマガジン3号で日本のラテンバンドの一つとしてで取り上げてもらいメンバーが失神して死にそうになった。駐日キューバ国参事官ガレーゴ氏が来仙した際のパーティーで場を盛り上げ、自腹で(wキューバに招待されるものの未だ実現する気配もない。
98年に始まった『仙台ラテン化計画』と銘打ったイベントでは、中央から素晴らしいラテンミュージシャンを呼んでイベントを企画し、自らもオープニングアクトを勤め、03年からは『サルサ生しぼり』というキューバ音楽に限定した仙台初のイベントを企画するなど、まさに、仙台をラテン化すべく、日々活動 を続けている。
近年は東京のサルサバンドとも交流を深め、結成15年の2010年には築地のCubanCafeにて念願の東京ライブを実現することになった。仙台でも定期的にサルサイベントが開催されるなど、 ダンスシーンも熱くなってきたが全国的にみてもLAよりキューバ度が高い状況のその火付け役としての役目は果たしたのかもしれない。
だが、さらにいっそう仙台をラテン化するその日まで、性懲りもなく活動を続けていくことだろう。
後はメンバーの高齢化だけが心配。そろそろオヤジバンドコンテストにも出れそうだし…